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高橋信次 人間釈迦(4)より抜粋



高橋信次氏を知ったのは5年前。
ネットサーフィンしていて偶然「正法」というページを開き、読んでみる価値ありと、とりあえず「お気に入り」に入れ、併せて氏の書籍を14冊、ヤフオクでまとめ買い。

買ってしまったら、それはそれで安心して仕舞い込んだままになっていて、今年の5月にようやくページを開いた。
あらら・・・とんだ遠回りって感じだよね。

この手の書物は大好きで、高橋信次の書籍以前に買った難しそうな本も、棚に積んだままになっているけど、自分が出した結論から言って、この高橋信次の書籍だけで真実を知るには充分だよね。

キリスト教も仏教も、若い頃にずいぶん勉強し、活動もしたけれども、こんなに易しくストレートに教えてくれるものに出会えて感動し、感激して、感謝・感謝って感じです。

ニール・ドナルド・ウォルシュの「神との対話」も勉強になったし、浅川嘉富の世界に巡り会ったのもラッキーだったけど、高橋信次は別格でしたね。

氏の書籍はすべて読破し、あとを継いだ娘、佳子さんの書物を読み進めてはいますが、これまた素晴らしい!

高橋信次氏の『人間釈迦』4「カピラの人々の目覚め」から、第7章「人間として生きる女性」の中から抜粋します。シラバスティーの町での初めての説法。


「諸々の衆生よ、この灯火に集まってくる虫を見よ。その短い命にも関わらず、光を求めて精いっぱい生きている。
 火に近づけば体を焼かれる恐ろしさを知ることもなく、多くの虫は死んでいくではないか。日中は、鳥や他の小動物の餌となり、自らの身を他の生き物の食べ物として、供養している。あるものは土の肥料と化し、植物の栄養となり、奉仕している。
 動物もまた自らの排泄物を大地にまき、植物の肥料となし、植物は動物に食料としてその実や葉を提供している。そうしておのおのが互いに他を生かし、生かされ、血や肉や骨となって助けている。
 すべてのものはたがいに関係し合い、調和しあって生きている。単独で生きているものは一つとして存在しないことに気づくだろう。
 しかし衆生よ、多くの人は、この自然のルールを忘れ、自分だけの存在を主張し、譲り合い、助け合うことを忘れている。
 大自然を見よ。この自然界は生きていく人に正しい道を教えている。調和ということを教えている。
 もし、この地上に雨が降らなかったならば、どうなるであろう。草木は枯れて動物は食物を失い、人間もまた生きてはいけないのだ。
 雨は大地を洗い、浄め、肥料を土の中で溶かし、植物の成長を助けている。山から流れた水は渓流となり、大河となり、大地にうるおいを与えながら、やがて、大海に流れ合流する。
 どんなに汚れた水であっても、大海に流れ込むと浄まり、太陽の熱によって蒸発し、再び、雨となって地上をうるおしてくれる。
 その輪廻の仕組みは、永遠に変わることなくつづいている。
 諸々の衆生よ。
 自らの存在を直視せよ。
 すべての力を持ち、地上の楽園を作る能力を与えられている人間が、自分のことのみしか考えず、争いや嫉妬に狂い、自らを滅ぼしているが、これでいいかどうか。
 自然は相互に調和しあっているのに、人間だけが単独で生きようとしている。
 種姓によって人間を差別している。自分たちの種姓の繁栄だけを願い、他は滅びてもよいものかどうか。
 権力や暴力によって、弱き者を犠牲にしたり、嘘をついたり、盗みを働いたり、怒ったり、愚痴をいったり、他人を誹謗したり、恨んだり、ねたんだり、そねんだり、情欲に溺れたり、足ることを忘れたり、欲望の虜になったりしているが、これでよいのかどうか。
 このような諸現象によって、人は自らに苦悩の種をまき、あえいでいる。蒔いた種を刈り取る者は、他ならぬ自分自身である。
 衆生よ。そなたたちの肉体は、自分のもののようだが、自分のものではない。もし、肉体が自分のものであるならば、自分の思う通りに動いてくれてもいいはずである。しかし、自分の思うようには動いてくれない。
 病気をしたくなくても病気をし、年をとりたくなくても肉体は間違いなく老化していくではないか。
 どんな栄養をとっても、長寿の薬を口にしても、死は間違いなく訪れてくる。
 いかに財産をつくっても、死と共にそれを持ち去ることはできない。
 地位があっても、名誉が与えられても、死という現実にはどうすることもできない。
 愛する妻や子供たちとも、死は、残酷にも引き裂いてしまう。
 大自然は無情なのだ。
 一切の物は、無情という掟からのがれることはできないのだ。
 しかし、諸々の衆生よ、恐れてはならない。
 そなたたちの肉体を支配している心は、永遠にして、不滅なのだ。
 個性を持った魂は、永遠に生き通しであり、死を知らない。自然界の無常という掟から、何一つ束縛をいけていないのだ。
 そればかりか、魂である心の中には、過去、現在の転生における偉大な宝物が存在し、いつでも役に立とうとその時を待っている。
 現世において体験した人生経験よりも、はるかに莫大な、そして、より豊かなパラミタが内蔵されているということである。
 今、与えられている生活環境は、人それぞれがその魂をより豊かに、より広く学習するために与えられた場であるということである。
 それゆえ、今の立場に固執したり、おごったり、卑下したりしてはならないのだ。
 貧しき者も、富める者も、その魂のよりよき修行のためにあるということを知らなくてはならない。
 人類は皆兄弟であり平等だということは、このことをいっている。
 また、貧富の差が価値の基準でもない。人間の心の大きさ、豊かさによって決まるものである。
 富める者は貧しき者をいたわり、与えよ。
 貧しき者は人生の価値を知り、心を大きく持て。
 相互の理解の中で、正しく仕事をなすことによって、大自然の大調和に調和されていくのだ。
 智慧をしぼり、慈愛の心を根本にして、たがいに奉仕の精神がよみがえってくれば、報恩と感謝の絆はよりいっそう強まり、明るい、豊かな社会がひらけていくだろう。
 衆生よ。
 短い、限りある人生である。その短い人生に、醜い争いや、独占の欲望に自らの心を毒してはならない。
 法とともに、永遠の歩みをつづけることだ。
 そなたたちの心の中に、神仏の慈愛が厳として存在しているのだ。
 その慈愛の偉大さを、自らの生活の中に生かさなければならない。
 パラミタは、そうした善意なる生活に生きた時に、その扉は開き、生前の自分を知ることによって、よりよく現世を生きることができるようになる。
 アラハンの境地とは、そうした心境と生活であり、誰も彼も、法にそった生活をするならば、その域に達することができるものである」


注 パラミタ・・・言語はバラモン教のパラミターで、それが中国に渡って波羅蜜多になった。彼岸に至るという意味。彼岸は智慧が充満した安らぎの世界であり、般若心経では、これを般若波羅蜜多心経と書いてある。
 ところで当時のインドは蜂蜜が貴重品であった。蜂蜜は栄養価が高く、数少ない食料品であるが、当時のブッタはその蜂蜜になぞらえ、彼岸の里は蜂蜜に似て、滋養が満ちあふれたところであると説いた。

注 アラハン・・・阿羅漢とは、尊敬されてしかるべき聖者のこと。


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