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人は「永遠の生命」を生きる魂存在である


高橋佳子氏の書籍、2005年9月発行の「あなたが生まれてきた理由」まできました。
もう9年前の本ですが、読まれたことがない方、お勧めします!

「永遠の生命」観を土台にすれば、すべてが良い方向へと導かれます。
今の混沌とした世界も明るく穏やかな世界に変わっていくでしょう。
その日が一日でも早く来ることを願いながら、微力ではあるけど前進に向かって精を尽くしたいと思います。
高橋佳子さんと同じ歳ですが、尊敬すべき素晴らしい方です。

26の章の中から、11番目の『人は「永遠の生命」を生きる魂存在である』を抜粋します。



11、人は「永遠の生命」を生きる魂存在である

「私は、この人生で終わる存在ではない。永遠の生命を生きている」──そのまなざしをもって生き始めるとき、あなたの人生は変貌を遂げる。「私はどこから来て、どこへ行くのか」という問いへの答えを自ら見出すことができる。


◎ 人はなぜ死を恐れるのか

  「私は死ぬのが怖いのです。私の中に死に対する大変な恐怖があります」。そう訴えるお手紙を中山道子さん(当時五十代・仮名)から受け取ったのは、今から二十年ほど前のことです。道子さんが癌の手術を受けられた直後のお手紙でした。
 私は、入院されている病室に向かいました。道子さんが苛まれている、死に対する恐怖という霊的な痛みを何とか癒してさしあげたい──そんな思いで訪れた病室の道子さんには、当時大学で教鞭を執っていたご主人が付き添っていらっしゃいました。
 「道子さん、お手紙拝見しましたよ。何が怖いのか、一緒に考えてみましょう。道子さんは、まだ死ぬという経験をしたことがないのに、なぜ怖いのでしょう」
 そう問いかけますと、道子さんは、驚いたように、目をいっぱいに開いて私をじっと見つめられ、「そう言えば、私まだ死んだことかありませんね」とふっと笑われました。
 「ということは、死ということが怖いんじゃなくて、今まで慣れ親しんだ世界との様々な関わりが切れてしまうことが怖いのではないでしょうか。例えば、あなたを守ってくださったり、理解してくださった方々とのご縁が切れること、また、あなたが住み慣れたあの家と別れなければならないこと・・・・・・。つまり、今までとは違う関わりへと自分を変えなければならないことを恐れているということではないのでしょうか」
 道子さんは大きくため息をついて、深くうなずかれました。
 誰も実際には死を経験したことがないのに、死を恐れます。経験したことがないのなら、死そのものが痛いとか、苦しいとか、怖いとかは分からないはずです。幻想の恐怖とも言えるでしょう。
 死を恐れる想いの裏には、実は、生きて世界や大と関わることができるということを、それだけ大切に感じている心があるのです。ですから、その関わりが断ち切られることを恐れ、悲しく思うのです。
 道子さんは、恐怖の正体を掴んだその日を境に、驚くほど生命力を取り戻してゆかれました。少し前には余命が幾ばくもないと医師から宣告され、抗癌治療も打ち切っていたのですが、数日後に調べた検査では、不思議なことに癌が二分の一に縮小していることが分かり、治療を再度開始する覚悟を決められました。担当医の方も驚くような変化でした。
 「何が大切か、分かった──」
 そう得心した道子さんは、すっかりあきらめていた「生きること」の意味を見出されたのです。大切なものは人との絆であり、与えられている関わりであり、そして今ある人生──。そこにすべてをかけようと一念を定められたのです。
 それからは、かつては距離があったご主人やお子さんとの関わりも、率直に語り合える、距離のないものになってゆきました。どちらかと言うと引っ込み思案で消極的だった道子さんが、物怖じすることなく、同じように病に倒れている方々のところに出かけてゆき、癒し励ますようにすらなられました。そして、懸命に生きて、八年の歳月が流れました。


◎ 「死に方が分からない」

 八年という時間を精いっぱい生きられた後、再び病で倒れた道子さんとの出会いの時を私は持ちました。もうさほど時間が残されていないことをご本人も感じていらっしゃいました。そして、私の顔を見て、「先生、死に方が分からない。どうやって往ったらいいのか分からない」と言われたのです。未経験な人生の一大事に臨むわけですから、当然とも言える率直な問いかけでした。
 「大丈夫よ。初めてのお産、娘さんを産んだときのことを思い出して。これから肉体から魂を産むと思ってほしい。あのときだって、経験したことがなかったけれど、無事にお産をすることができたでしょう。陣痛が来て、苦しかったけれど、無事に赤ちゃんが生まれましたね。同じことですよ。長年慣れ親しんだ肉体と魂とのつながりが切れるのは少し苦しいけれど、それを越えたら、肉休を離れて、もう一つの世界に魂が生まれてゆくんですよ」
 そうお伝えすると、安心したように微笑まれました。そして、私は道子さんと一緒に、これまでの人生を振り返る時を持たせていただきました。懐かしい、忘れ難い思い出やかけがえのない出会いの数々・・・・・・。
 私は、心に映し出されてくる、様々なヴィジョンを見えてくるままに、お伝えしました。例えば、道子さんが、もう一度帰りたいけれども、もう二度と歩くことができない、家族の待つ家までの道のり──。
 「コンビニエンスストア、緑の旗のレンタカーの店、ウインクした目の看板のある喫茶店、そして、堀内さんの家を右に曲がると、あなたの家。黄色、紫、赤のパンジーが咲いていて、小さなピンクのサンダルが見えます。玄関には自転車と赤い空気入れ・・・・・・」
 道子さんは驚かれながら、私の一言一言とともに、わが家への道を辿り、慣れ親しんだ庭や家の中を心の中で巡ることになりました。
 そのとき同時に、今は亡き父親の魂が道子さんに語りかけてきました。道子さんが次の世界に行く準備ができて、どんなに幸せかということ。そして、白分か病気で苦労をかけたことを申し訳なく思っていること・・・・・・。道子さんは、誰にも話したことのなかった父親の想いが私を通して語られるのを聞き、確かにそこに父親がいることを感じていました。
 さらに続いて、後述するような道子さんの前世のことにも話は及んでゆきよした。
 「先生、私はもう大丈夫です。どうか、悩んでいる人の所へ行ってあげてください」
 道子さんはそう語られました。かつて恐がりだった道子さんが、自ら死に臨む覚悟を定めたばかりか、苫しみのさなかにある他の方を思いやる気持ちを抱かれる──。魂としての真の強さとやさしさの光が放たれていました。


◎ 転生する魂

 道子さんとの対話の中で、私の魂に映ってきたヴィジョンがありました。道子さんは、前世、なかなか家族の絆を結ぶことができず、つらい人生を過ごしたことがあったのです。夫からずいぶん酷い仕打ちを受け、逃げて逃げて、お寺に駆け込みました。そこで剃髪をして、出家したのです。お寺には、たくさんの不幸な女性たちがいました。道子さんの前世の魂は、その人々の幸せを願うようになりました。諸行無常の世の中にあって、信仰に生きること、心をつくることがいかに大切かも知りました。そのことを実感するような厳しい人生だったのです、そして、人生を終え、次の世にさらにその願いの成就をかけたのです。
 「道子さん、今世、あなたは、新しく生まれ変わって、妻となりお母さんになって、家族と家庭を守れましたね。今世の娘さん、ご主人との絆を結び、家族の環をあなたは結ぶことができました。その中で信仰を貫くこともできましたね」
 道子さんは涙を流されながら、一言一言にうなずかれました。
 道子さんが命を引き取られたのは、私か病院へ赴いたその翌日のことでした。最期まで、共に生きた方々への感謝の気持ちに満たされて、次なる世界へ旅立ってゆかれたのです。


◎ 「永遠の生命」というまなざしを持つとき、人生は変貌を遂げる

 「私はどこから来たのだろう?」「死んだらどうなるの?」・・・・・・。そうした疑問を誰もが、一度ならず抱いたことがあるのではないでしょうか。
 そのようなことは考えたことがないという方でも、もし知り合いやご親族など身近な方が他界されたとしたら、きっと切実に問いかけずにはいられなくなるのではないでしょうか。亡くなった瞬間に、かき消すようにその存在が無に帰するとは、にわかには信じ難いでしょう。そして、できることなら、もう一度、その方と言葉を交わしたい。もし詐されるなら、どんな気持ちを残して旅立っていったのか、一言でもいいから聴かせてはしい──。ただ沈黙するばかりの亡骸を前にして、深い悲しみとともに、亡くなったその方に語りかけずにいられなかったという体験をお持ちの方も、きっと少なくはないと思います。
 それはそのような体験を持ったすべての方々が、実は私たちが人として生まれ、生きていることの「原因」が、魂の次元にあることを感じていたということなのではないでしょうか。
 人は誰もが永遠の生命を抱き、転生を繰り返しながら、魂の深化・成長を果たしたいと願って生まれてきた存在──。「人は死んで終わりではなく、永遠の生命を生きる魂存在である」というまなざしに立って人間や世界を捉え直し、生き始めようとするとき、あなたの人生は変貌を遂げることでしょう。人間は「死んだら終わり」と考えるのと、「永遠の生命」と考えるのでは、生き方の中心、人生の立脚点がまったく違ってしまうからです。
 日常感覚でつらいと感じることが、魂にとっては、まさにその人生で体験したかったことであったり、日常感覚で避けたいと思うことも、魂にとっては「かけがえのないチャンス」であったりすることが少なくはありません。ですから、苦手で嫌な人としか思えなかった方との出会いが、とても大切でいとおしく思える。試練に出会えば、「本当に有難い。この時を待っていた」と心底感じられるということがあります。それは、「私の中には、永遠の時をかけて果たすべき魂の願いがあり、そのためにどうしても生まれたいと願って生まれてきた」という魂の実感が、人生の立脚点となり、生きることの中心に据えられるからです。それは、たとえるなら、人生の最期を迎えたときに感じる深い後悔──どんな出会いや出来事もかけがえなく大切に思える情動を起点に、「今」を生きることができるようになるということなのです。


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